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知って得する合宿免許

ソファが置かれた談話室ではお国なまりが飛び交った。
婦人らは、社員の悩みや相談にのった。 富山県八尾町(現富山市)から出てきた、トヨタOBのO・Tも、通い詰めた一人。

「ラーメンがうまかった。 「明日もがんばってね」というひと言が本当にうれしかった」思い起こす。
車の分解に取り組む子どもを見守る豊田彬子さん(中央)=愛知県豊田市で「肩書をはずしましょう」がH子の口癖だった。 「憩の家」は、集団就職が消えるとともに、ボランティアがさまざまな活動をする場に装いを変え「あすて」に。
だがH子は、七○年から死ぬ寸前まで理事に名を連ねた。 ヨ社員のみなさんが会社を支えてくれるのですから」と生前、語っていました」と話すのは英二の長男Mアイシン精機会長の妻、彬子(閲)。
モータリゼーションを先導し、世界にはばたいたトヨタ。 そこには常に、働き手や家族の「こころ」を支える社外の活動が寄り添ってきた。
H子の遺産は、あすてで子どもたちにモノづくりを教える講座の運営に使われ、彬子も手伝いに通う。 指導者の中には、大間知の姿もある。
二○○六年四月上旬の週末、小雨の駿河湾に浮かぶ客船「ふじ丸」の船首大ホールは、五百人近い男女で埋まっていた。 ヒット洋楽「恋のマイアヒ」が大音量で流れ、吹き抜けの天井には豪華なシャンデリア。
そろいの法被やジャンパー姿も目立ち、中央壇上の踊り手に合わせ、人の波がうねった。 「洋上夜祭」。

参加者はすべて、トヨタ自動車の社員だ。 名古屋港発一泊二日の「洋上セミナー」は、夜祭だけでなく、グループ討論や講演会などの日程がぎっしり組まれていた。
「独身寮で会計をしています」「私は○○工場の班長です」。 トヨタのあらゆる部署から、リーダーが集まった。
巨大な組織を縦横で切り、もれなく選び出した。 船はトヨタが貸し切り、専務を筆頭に役員七人も乗船。
各自が持つ手引には、朝の体操にも感想を書き、提出する。 討論では、仕事の不平不満も飛び出す。
この船旅は一九七二年から続く伝統行事だ。 延べ一万六千五百人が参加し、セミナーを縁に結ばれたカップルもいる。
人事部によると「寝食を共にし、酒を酌み交わすことで、会社の一体感を高める」そうだ。 六万六千人の社員を抱えるトヨタには、職制や出身地別、スポーツサークルなど、自主的な組織がニ十ほどある。



合宿免許が普及しています。合宿免許はそれほど難しくありません。